館長の不定期記

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<<   作成日時 : 2010/12/04 21:14   >>

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ついったーや携帯百景をご覧になっている方はご存知かと思いますが、11月28日にケータイを機種変更しました。その名はIS03。auの広告の気合が尋常じゃありません。これで自分もスマートフォンユーザーの仲間入り♪

IS03を作っているメーカーはシャープです。これ、すなわち自分にとっては「日立からの訣別」を意味するのと同じこと。10年間使い続けた日立製作所・日立コンシューマエレクトロニクス(開発は途中からカシオ日立モバイルコミュニケーションズ→NECカシオモバイルコミュニケーションズ)の携帯電話とお別れです。



C309H
自分にとって初めての携帯電話。「256色液晶」が衝撃的でした。と書くと、今からみると信じられませんよね?Eメールも発展途上だったので、使い勝手もいいものではありませんでしたが、ハムスターのキャラがかわいかったなあ。

A5303H
2年ちょっとで機種変更。今からみるともっさいですが、当時の視点ではサイバーなデザインでした。最大の特徴は、カメラが折り畳みのヒンジ部にあること。カメラを独立させて回転できるので自分撮りが楽勝でした。画素数が34万と少ないですが。

W32H
au歴5周年記念?の機種変更。この機は栄えあるEZFelica第1号グループで、モバイルSuicaとしても使わせてもらいました。スクエアだけど丸みのあるデザイン、とっても気に入り機能もいいので3年間の長期政権を樹立。よくよく考えたらSIMカードはこの時のものですね。

W62H
長期政権の後を受けるものはプレッシャーを受けるのは何でも同じ。ワンセグを付けたりディスプレイが有機ELになったりと意欲は感じられるのですが…カメラの進歩を重視しなかったのと初期不良扱いで故障交換になったこともあって、IS01が出たころからは「IS03待ち!」という状況になっていました。



そんな日立のケータイも、開発会社をNECと合併させる際に出資比率を減らし、社名からも文字を外し。徐々に撤退気味?なのを感じます。出る機種も、ドコモならSTYLEシリーズ相当のものばかり。今回はスマートフォンというちょうどいいきっかけもありましたが、別のメーカーにすることにしました。10年間ありがとう、そしてさようなら。



携帯百景(ケイタイヒャッケイ) 一方、9年近く前になりますが、同じように日立から決別した鉄道会社が。それが写真の相模鉄道です。ちなみに写真はまさに機種変更しに行くときに乗った旧7000系。キャプションにもあるように、日立製作所製造の電車です。

日立と相鉄の付き合いは昭和30年代から。東急が青ガエル5000系を出したころ、日立製作所は似た規格・車体の5000系を相鉄に送り込みました(という言い方も大袈裟ですが)。その後東急・相鉄とも通勤路線化の道を歩んだのは同じですが、相鉄には日立がべったり付いて独自技術を納めていきました。


一部期間だけになるもの、東急車輛にライセンス供与して作らせたものもありますが、その時代の相鉄の車両の独自性をいろいろ挙げていくと…
  • 直角カルダン駆動:他メーカーでは早くに廃れた
  • 外側ディスクブレーキ:他は皆無とは言えないが少ない
  • ごっつく見えるアルミ車体:写真の7000系を横から見ると、スポット溶接の跡とかあるのだ
  • 自動窓:昭和40年代に油圧式
  • ブレーキ:電車なのに気動車っぽい?
とまあいろいろあるわけで。ちなみに、「4ドアセミクロス」は触れていませんが、それは技術ではないので割愛。

その中でも特筆は「ブレーキ」ですね。同時期の小田急2200形がHSCというブレーキハンドルの位置を指定することで制動力を決めることができる方式を採用し他社に大きく広がっていく中(その後の相鉄にもわずかにあったり)、相鉄5000系は「日立式電磁直通ブレーキ」という方式を採用。「ブレーキハンドルに取り付けた電気回路でブレーキ指令を各車両に送り応答性・制動力を高める」という現在の電気指令ブレーキに通じる考え方も入っているという優れものです。平成改元前後のVVVF車が回生ブレーキを使うという事態(空気ブレーキ力と電気・回生ブレーキ力を制御する必要があるから調整が大変)にも対応してしまいました。もちろん写真の7000系も該当。

しかし、そんな日立式にも致命的な欠点が。それはブレーキの掛け方がおおざっぱにいうと「ブレーキ力を上げるためのポジションにハンドルを回す」「ブレーキ力を維持するポジションにハンドル(略)」「ブレーキ力を緩めるポジションにハry」という、職人技を必要とする方法しか取れなかったのです。その理由はWikipediaによると特許問題の回避だとか。昭和30年代程度なら同じ技法が要求される旧型電車が多かったですし連結互換性が要求された国鉄時代の気動車なども同様で問題は少なかったのですが、ブレーキの操作性が要求される相鉄以外の通勤電車路線にはこの方式は受け入れられませんでした。

日立式電磁直通ブレーキの採用は相鉄でも新7000系で終了しましたが、続く8000系と東急車輛製とはいえ兄弟車の位置づけになる9000系は直角カルダンなどまだまだ独自技術の塊。21世紀になり6000系の置き換えはある程度進みましたが、乗客減とそれによる車両コスト圧縮という大きな問題が相鉄を襲いかかります。そこで相鉄が出した結論は「JR東日本の車両のデッドコピー導入」。日立との決別です。納入メーカーは近場でもある東急車輛中心になり、一部は新津のJR東日本の工場製になります。こうしてS231系こと10000系がデビュー、S233系こと11000系に移行。

携帯百景(ケイタイヒャッケイ) 一方の日立はというと。アルミ車体を極める道を選びました。相鉄や新幹線で鍛えられたアルミ車体の製造技術をA-trainへと昇華、関東地方では東京メトロ・東葉高速・東武・西武・つくばエクスプレスへと販路を広げていきます(まあ今までもなかったわけじゃなかったけど)。ちなみに写真はA-trainがひとつ、東武50000系。さらに海外進出も進め、日立の鉄道システムのサイトはなんと日本語なし。

この決別がお互いにとってさらにいい結果にならんことを期して、自分はシャープのIS03生活を始めていきたいと思います。

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