当時、関東では当たり前に見られたもの、まったく見られなかったもの(「第44回★…」について)

今週のトラク場は「第44回★遠足・修学旅行の思い出(場所)を教えて!」。ひとつ印象に残っているのが「修学旅行に行ったら地震をよけた」というのがありまして、宿のテレビでこれを知ったのですがびっくりしたことを覚えています。

地図の場所はそのときの行き先、岩手県は平泉。しかし、地図が指しているのはそのときのお宿でも中尊寺でもなく、JR平泉駅です。というわけで書くのは鉄道関係で印象に残ったこと(爆)。地震のエピソードだけではすぐ終わってしまうんですもの…。

当時の東北本線、一ノ関から北の普通列車は客車列車の独壇場。このあたりだと50系という赤い客車が電気機関車ED75に引っ張られる列車がほとんどでした。こんなの関東地方で見ることは当時でもできません。私め、50系は別のところで経験済みでしたがまさか修学旅行で乗ることになるとは思わず。「田舎っぽーい」といいつつつかの間の客車旅行です。現在ではワンマン運転の区間ですが当然車掌さんもおリ、いくらか近代的な50系とは言え当時でも関東ではまずありえない客車の普通列車。しばしのローカルな旅を堪能です。

さらに平泉の宿から足を戻して地図のエリア、松島へ。地図内には2本の線路が走っています。1本は東北本線、もう1本は仙石線。松島入りしたのは仙台あたりではよく見られるけど東京では見られない電車(寝台車改造の715系も乗ったな~)ですが、仙石線は当時東京ではよく見られた103系の最北限の地です。松島駅から地図エリア外の高城町駅まで歩き、103系で松島海岸へ。当時お世話になりまくっている車両なだけに、旅情もぶっ飛びます。ちなみに仙石線、現在もやはり東京で走りまくっている205系がほとんどなので、車両だけ見ているとやはりあまり旅情を感じないかも(笑)。



それにしても、小学校のときは日光、中学では平泉、高校は四国だったので修学旅行で京都なんて行かずじまい。奈良にいたっては初めて行ったのが21世紀になってから、だなんて相当ひねくれた修学旅行ライフでした。地図は「四国一周旅行の間違ったお約束の地」(ぉぃ)。

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この記事へのコメント

2007年06月04日 21:42
台湾の元総統李登輝が来日して、きのうから奥の細道をたどる旅をしていますね。
修学旅行のような気分で見聞しているのでしょうかね。
2007年06月04日 21:43
台湾の元総統李登輝が来日して、きのうから奥の細道をたどる旅をしていますね。
修学旅行のような気分で見聞しているのでしょうかね。
こもれび
2007年06月04日 21:43
台湾の元総統李登輝が来日して、きのうから奥の細道をたどる旅をしていますね。
修学旅行のような気分で見聞しているのでしょうかね。
こもれび
2007年06月04日 21:44
ログインエラーが出て3度送信したのですが、
全部反映されてるじゃないですか!
何なんでしょうBIGLOBEさん(笑)
2007年06月05日 09:46
>奥の細道
言われて思い出しました。確かにこの年、奥の細道を少し意識した旅をしてまして、別の機会に最上川と象潟へも足を伸ばしましたですよ。

>何なんでしょうBIGLOBEさん(笑)
これではないですが、URLの記事、8:40ころモバイル投稿でメールを送りました。結果は記事のタイムスタンプ参照ですが、これって一体…。
2007年06月05日 13:10
なかたんが、ネットで広い地震とかをびっくりしなかったよ。


2007年06月06日 18:15
いや、地震が起きたらびっくりするって!

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